声優のパフォーマンスを、現象として捉え、それを愛玩ではなく鑑賞する立場に立ったときにこそ、人は声優と結婚したいと願うようになるのではないか、と思った。本来、パフォーマンスは演じる役・アニメの内容によって千変万化するものであるはずだ。ある声優のそれを可能な限り耳にしたい・鑑賞したいと願ったとき、それを可能にするのが結婚という手段なのではないか。結婚により、声優とかなりの時間を共有できる可能性が発生する。その生活の中で、声優の少なくとも日常芝居に関連する感情表現については、多くを耳にすることができるのではないかと思う。それが演技ではないという問題はあるが、演技をする際、それを基にする可能性を考慮すれば、十分鑑賞の価値はありそうだ。いや、つまり、声オタ(つーか俺)の夢の一つはアフレコ見学であるのだが、その次のステップには結婚があって然るベキで、しかもそれは、やらしい目的では断じてないのだった。声優と結婚したいです。したくないけど。